第14回地域医療情報ネットワークシステム研究会報告


文責: 安陪隆明


 平成12年10月15日、藤沢市の神奈川県立かながわ女性センターで開かれた第14回地域医療情報ネットワークシステム研究会(COMINES)の2日目に参加してきましたので、その個人的報告と個人的感想を述べさせていただきます。なおその前日の10月14日に1日目があったのですが、これは総会行事、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス内見学、SFC研究所所長:村井純先生特別講演、懇親会など、特に一般講演やシンポジウムのない日で、私もこの日の参加が困難であったため参加しませんでした。そのため一般講演やシンポジウムがあった2日目のみについて個人的報告と個人的感想を述べさせていただきます。なおこの感想は、あくまで私個人の独断と偏見を書いたものであって、公式報告でも何でもなく、内容も一部間違いや不正確なところがあるかもしれないことをお断りしておきます。また演者の全発言が書かれた公式報告書がCOMINESでは作られておりますので、詳細、正確な報告をお求めの場合は、そちらをご参照ください。




シンポジウム1 「インターネットと医療情報」



「医師会総合情報ネットワーク」
日本医師会常任理事
西島英利

 日本医師会はそのホームページのメンバーズルームに「医師会総合情報ネットワーク概念図」を載せているが、この中で最も重要視しているのは「地域からの情報をいかに集積するか」ということである。

 基本方針と医師会総合情報ネットワーク

  1. 医療政策立案と都道府県医師会に対する情報システム
  2. 地域医療活動の計画、管理、変更を支援する情報システム
  3. 医師(会員)に必要な情報を提供していくシステム

 平成12年7月現在、都道府県医師会ではインターネットアクセス状況、ホームページ開設状況どちらも100%であるのに対し、郡市区医師会のインターネットアクセス状況は約71%であり、またホームページ開設状況は約40%である。

 本年8月より日医発行文書の電子提供システム、文書管理システムが手がけられている

 本年度の目標としては、全郡市区医師会のインターネットアクセスであり、そこから都道府県、郡市区医師会のネットワーク完成を目指していく。また日医ホームページのアカウント取得者が10%に満たないが、今年度中に全会員へのアカウント発行を検討中である。また日医ホームページにどういう情報を載せたか、というメール通知も今後検討していく。

 日本医師会からは、今までよりもより具体的な目標についての話が出てきた、という面では評価できるものでした。ただし気になったのは、実際にやろうとしている具体的な目標が、抽象的な大きな目標の中でどう位置づけられているのか、ということが見えてこなかったことでした。またもう一つ違和感を感じたのは、都道府県医師会や郡市区医師会のホームページ開設については、今まで日医はまったく主体的な役割を成しておらず、これらについては都道府県医師会、郡市区医師会の情報システム担当者に任せきりにしてきたのに、ということでした。日本医師会は今まで地域の医師会の情報システム活動に対して、金を出してきたわけでもなければ、熱心な指導をしてきたわけでもありません。にもかかわらず、その日本医師会が目標や達成率を掲げるというのは、私のような現場の人間からすると、何か釈然としないものを感じざるをえませんでした。



「医療分野におけるIT - 厚生省の考え方 -」
厚生省健康政策局健康開発振興課医療技術推進室長
谷口隆

 将来的な不安、問題の解消のために「安心できる情報の提供」を行う事が大切である。具体的施策としては

  1. 保健医療情報ネットワーク
  2. 遠隔医療

 といったことがあげられる。今後の課題としては

  1. ネット上の個人情報セキュリティ問題
  2. 情報の有効利用方策

 といったことがあげられる。この中で「広告、広報」は、どこまで規制がかけられるのか、もしくはかけらないのか難しい問題である。

 全体的に抽象的な内容という印象でしたが、その中に「情報の共有」という項目が出てきたことには注目しました。「病診、診Net、患者の参加」というところまで言及されたということは、単に院内LANでの電子カルテに留まらず、複数の医療機関同士での電子カルテ情報共有や、患者さんに電子カルテを開示するような形態も想定していると思われます。私の記憶する限り厚生省がこのようなことを言われたのは初めてでした。この後、他の演者からもしばしば「医療情報の共有」という言葉が出たことに時代の流れを感じました。これは新宿区医師会のゆーねっとが実働し始めたことが大きく影響を及ぼしていると思われました。

 また質疑応答のところで、「ICカードは個人認証としては有意義だがデータホルダーとしては認めていない。今後は電子カルテと組み合わせての効果を期待している」とはっきり述べられたところに時代の流れを感じました。これは4年前、広島で開かれた第10回COMINESで、当時の厚生省医療技術情報推進室室長の上田博三先生が「データカード or アクセスカード」などと書かれたスライドを示しながら「分岐点」という表現をされたことを思い出すと感慨深いものがありました。

 さらに「安心できる情報の提供」のためにインターネット上の医療機関Webサイドなど広告、広報に匹敵するような状態をどう規制できるのか、規制できないのか、ということには相変わらず厚生省は悩んでいるようでした。この問題については私も「Problem of JIMA」で取り上げましたが、そう簡単に解決できる問題ではないと思っています。



「患者のための医療情報化!」
通商産業省機械情報産業局情報処理システム開発課長
岸本周平

 日本の官僚はアホやなぁ、との御批判をいただいていますが、その半分以上はあたっています。それは日本の官僚が今まで、お客様は誰か、クライアントは誰か、という認識が欠けていたからです。(自分は娘を保育所に通わせたときに娘に悲しい思いをさせたが)今でも日本政府も厚生省も間違えていますが、クライアントは働く女性だと間違えています。本当のクライアントはその子供です。

 (今の日本では)ITと言えば「開けゴマ」みたいに予算がつく。しかしシンガポールは(随分以前から)ITを進めていた。そのシンガポールの政府の人に聞くと、まだ一つだけ欠けているものがあると言う。それは個人の医療情報すべてを一ヶ所に集めたいということだそうです。これができれば、何も持っていない人が突然倒れていても、指紋から何という人かがわかり、そしてその人の今までの医療情報がわかる。

 日本政府は現在、過去の役所の決定プロセスをすべてファイルにして見られるようにしている。ですから隠そうとしてもすぐにばれる。評価をするということは日本人は苦手だが、アメリカ人は評価するのが上手です。自分はプリンストン大学で教えていたことがあるが、あそこでは生徒も先生に点をつけます。私のような客員教授など平均点以下だと落ちてしまう。アメリカでは個人名で外科医の手術の成功率まで見ることができる。

 2003年に自治省がICカードを希望者に配ることが決定されている。これには健康保険証も入る。Public useの大規模実験を今後行う予定である。ICカードのリーダー・ライターは大量生産すれば1万5千円くらいになるだろう。(今までの)霞ヶ関の失敗は、なんでも全国一律にしようとしたこと。これが小さな親切、大きなお世話。「遅れるところは遅れなさい」の発想でやる。やる気のないところは置いていく。また診々や病診のネットワークに今後予算をつけていく方針です。我々霞ヶ関は頭が固いところがあって、例えば在宅医療などは保険診療なのでお金がかかるという一部反対意見がある。しかしこれを機に自由診療との混合診療を考えるなど発想の転換を図るべきである。

 こうして何とか書き留められた部分を文字にしても、その迫力、説得力や内容の一割も表現できていないことを残念に思っていますし、誤解される部分も多いと心配しています。大変エネルギッシュかつ具体的な内容で、今回のCOMINESで最も聞きごたえのある素晴らしい講演でした。この講演のおかげで今後の保険証のICカード化の動向がわかりました。また「診々や病診のネットワークに今後予算をつけていく方針」というのは、後の話では電子カルテ情報の共有といった話のようで、これを通産省も重視していることがよくわかりました。もっと時間をかけてお話を聞きたく思いました。



「大規模医療用カードシステムのフィージビリティ」
京都大学医学部附属病院医療情報部教授
高橋隆

 ネットワークと、カードによる認証方法との組合せによる、医療情報システムの発展が期待されている。カードはアクセスキーとして使い方を想定している。

 先程のシンガポールの話では集中管理であったが、ここでは非集中管理を考える。その代わり易収集性を確保する。

 全国の医療機関の中から155の病院、及び600医師会所属医療機関を選びだし、書面によるアンケート調査を行った。その結果他の医療機関から「見たい」データとしては、「臨床検査値」をあげる人の数が有効回答者数の80%を上回ったのをはじめとして、「処方箋」「診断」等の項目でも60%を超えた。一方、他の医療機関から「見られたくない」データとしては、「診断」「家族歴」をあげる人の数が10%をやや超えたものの、それ以外の項目では全て10%を下回った。

 アンケート結果そのものは、やはりこんなものかな、という感じでしたが、ここでもカードはあくまでアクセスキーという取り扱い方には注目しました。



「地域密着型健康福祉情報システムの構築とその利用」
慶應義塾大学総合政策学部助教授 兼 政策・メディア研究科委員
印南一路

 インターネット上に「生活者・患者の視点にたった健康医療情報システム」WWWホームページを開設し、生活者、患者から見て必要・有用な地域情報を提供する仕組みを構築した。最初にアンケートを行って、患者が真に欲している情報は何か、ということを調べたところ、お医者さんの診療方針、人柄、本当の専門を知りたい、ということがわかった。そこで人柄がわかるように自己紹介の欄などを作った。

 医療マップの各医療機関の情報のところに「自己紹介」の欄があるのは良いアイディアだと思いました。これは是非、当地の医療マップにも取り入れたいと思いました。



「医療におけるインターネットとイントラネット」
東海大学医学部医用工学情報系医用工学情報学教授
大櫛陽一

 神奈川県の足柄上医師会と共同で作成したイントラネットを示した。




 午後からは講演が3題続き、その後に講演5題を含むシンポジウムが一つありました。




一般講演



「医療情報ネットワークの現状と将来像 - 新たな連携に向けての今後の取り組み - 」
福岡市医師会理事
入江尚

 福岡市医師会ではイントラネットを構築しており、会員の15.9%がイントラネットアカウントを取得している。医療マップでを一般市民用とイントラネット用と分けて掲載している。




「小田原医師会・災害救急ネットワーク」
小田原医師会理事
吉田裕

 小田原医師会では災害救急医療情報のサイトを作成しており、災害時、管理者が自院の状況をWeb画面から入力することにより、適 切な災害救急情報を得ることができる。

 質疑応答でも問題になっていましたが、災害時に本当に各医療機関の管理者が入力することができるのか?、本当に実働稼働が可能なのか?、大変疑問を感じた発表でした。



「伊勢原市における光カード事業運営について」
伊勢原市健康・福祉情報システム研究会
増田啓介

 伊勢原市健康・福祉情報システム研究会では、平成4年2月から光カード事業の運用をスタートさせ、今日に至るまで8年間運用を続けている。アンケートを行った結果、カードホルダー(カード所持者)は非ホルダーに比べて健康管理意識が高く、またカードの所持が検診受診の良いきっかけとなっており、利用頻度が高いほど良好な健康状態でいることがわかった。

 現在、中央社会医療協議会では、健康保険証のICカード化が検討されているが、光カードを運用する担当事務局としては、運用実績から保健福祉分野に対応できるカードメディアとして光カードの優位性を認識している。特に容量が大きく、記録の消失がないことから、医療情報の開示、医療費の削減、適正医療の提供において優位性を見いだせるであろう。

 今回のCOMINESで唯一、データホルダーとしてのカードの使い方、光カードの優位性を主張した講演でしたが、厚生省、通産省、その他の演者の方の発言を総合すると「もはや勝敗は決まった」という感が否めませんでした。フロアからの質問では西条市医師会の和田佳文理事から、同地のカード運用実態を例にあげて、これを疑問視する声が出ていましたが、私も同感でした。このようなカードをデータホルダーとして使うような使い方は今後もメジャーにはなりえず、今まで実験を行っていた地域のみが惰性でもうしばらく続けていくものと推測されます。





シンポジウム2 「電子カルテの導入と標準化」



「電子カルテWINEの生い立ちと将来」
荏原医師会副会長
大橋克洋

 電子カルテWINEと電子カルテに対する考え方(例えば、一つのメーカーが抱えこむのではなくて、好きな部品を組み合わせられるようにすべきだ等)

 電子カルテに興味のある医師で、WINEと大橋先生の電子カルテに対する考え方を知らない人はモグリだと思いますので、特に敢えて内容は記しませんでした。以前から大橋先生の考え方に共鳴している私にとって、今回の10分しかない講演時間は短すぎて、残念ながらこの時間の中では自分にとって新味のあることが聞けませんでしたが、これは時間の都合で仕方がなかったと思います。この時間では私は主にWINEが動いていたMacOS X βバージョンの方ばかり見ていました。

 なお高橋版WINEについては、http://www.sato-hosp.or.jp/WINE/WINE.htmlに情報があります。



「ダイナミクスの生い立ちと将来」
茨木市医師会
吉原正彦

 レセコンがブラックボックスになっていてデータを出せなかったことから、自分で作りましょうと、電子カルテ・レセプトシステムのダイナミクスを作った。薬の投与履歴などを表示できる。オープンソースの方向性を目指す。現在、日立ソフテックのサポートもあり、またメーリングリスト上での問題解決も行われている。

 安くて、またレセプトシステムも含むことで人気のダイナミクスですが、今回の講演でその人気の秘密の一端を垣間見たように思いました。例えば質疑応答のところでは、MML等の共有化の問題や保険証のICカード化などの問題に対して「MML等の標準化を、もしユーザーが本当に求めておられるのなら対処したいが…」と答えられたところに、まず最初にニーズありきの徹底した現実主義の方針が感じられ、このあたりにダイナミクスの強さ、素晴らしさを感じました。ただ少しだけ心配に思ったのは、あまりに現実のみに対応して開発が進められると、将来大きな変更の要求が起こった場合に迅速な修正が困難になる恐れがあることです。ある程度将来必要になる技術を予測して、それに前もって準備をしておかないと、後で困ることになる可能性がないわけではありません。このあたりの兼ね合いが将来どうなるか、という点が今後の着目点であると私は考えました。

 なおダイナミクスのホームページはhttp://www1.doc-net.or.jp/~yoshi/dynatel.htmlにあります。



「電子カルテ、今までとこれから」
小田原医師会理事
遠藤郁夫

 電子カルテは、

従来の紙カルテの電子化 完成
レセコンとの一体化 もう一歩
カルテ情報の共有化 これから

 という状態にある。電子カルテの標準化は情報の共有化に繋がる。また現在、何となしに主治医というものが決められているが、電子カルテの時代では主治医とは何か、ということをはっきり決めなければいけない時代となり、主治医権の確立を考えないといけない時代になってくるであろう。また自分の健康情報は自分で管理する、という考え方が大事になってくる。電子カルテが普及するためには、経費的な問題がまずあり、小さな診療所では月5万円以下である必要がある。また健康情報カードの普及も必要である。また自分の診療の方式をしっかり認識しないと、どんな電子カルテでも使いにくい。

 講演を聞いている時には気がつかず、後でサマリーを読んで気がついたのですが、演者の方は光カードとの連動のために電子カルテを使っておられるようです。ただ講演を聞いている時には、少なくとも私にはそれがわかるような内容ではありませんでした。私自身は、ここで主張されておられるカードの役割を、今後はネットワークが果たしていくものと考えています。

 「主治医権の確立」という概念は私にとって盲点で、いろいろと考えさせられました。抄録の方には「サマリーを責任持ってしっかり書く、ここで新たな主治医権が生まれるのです。患者さんから認められた主治医のみがこのサマリーに書き込めるのであって、医師なら誰でもが書き込めるというわけにはいかない」と主張されておられます。このサマリーという点では、これはカード特有の事情であって、午前中、高橋隆先生が主張されたような非集中管理型のネットワークでは自ずと事情が違ってくるものと思われます。しかしその問題を省いても、この「主治医とは何か」という問題は重要になってくるように思われました。



「電子カルテシステム運用の実際」
三洋電機株式会社マルチメディアカンパニーメディコム事業部
佐藤鉄男

 サンヨーメディコムの電子カルテについて説明されました

 以前展示会で見たとき、同社の電子カルテは使い勝手は悪くなさそうに見えました。しかし何と言っても値段が高すぎるのが問題で、今回値段が一桁違うダイナミクスと比べられてしまったのは何とも可哀想でした。



「電子カルテ使用者の立場から」
藤沢市医師会理事
高岸泰

 電子カルテとして当初WINEを導入しようとしたが、慣れないMacintoshの使用はストレスが多かった。そのような時にWindowsで動くダイナミクスを知り、これの導入で電子カルテがうまく動き始めた。わからないところがあっても、ダイナミクスのメーリングリストのおかげで助かった。大橋先生が言われたように最初のうちは大変であったが、現在はタッチタイプのできない自分でも、ゆとりは確実に生まれている。

 やはり一般の医師のレベルというのは、普段使い慣れているOSや日本語IMに束縛されているわけで、直接のフロントエンドのインターフェイスはどのOSでも使えるようにならないな、と思ったお話でした。




 以上で今年のCOMINESは終了しました。昨年のCOMINES主催のフォーラムが悲惨であっただけに、今年はあまり期待をせずに参加したのですが、思ったよりも悪くありませんでしたし、通産省の岸本周平機械情報産業局情報処理システム開発課長の講演は特に聞いた価値があったと思いました。