平成12年1月21日 |
安陪隆明 |
鳥取県東部医師会情報ネットワーク委員 |
筆者は平成7年度より鳥取県東部医師会情報ネットワーク委員会の末席を汚しており、ささやかであるが同医師会の情報化をお手伝いしてきた。その今までの歩みをここで簡単にまとめるとともに、今後地域の医師会が情報化をどういう方向で進めて行くべきか、という点について私見を述べてみたい。なお以下はあくまで私見であって、鳥取県東部医師会情報ネットワーク委員会の総意でもないし、ましてや鳥取県東部医師会としての考えでもない。ただ、実際にこの仕事に携わった筆者の経験から感じ考えたことを述べてみたい。
平成7年度から |
同報メール(Internet & NIFTY-Serve)による行事予定 |
平成9年5月9日 |
鳥取県医師会情報システム検討委員会設立 |
平成9年11月8日 |
鳥取県医師会ホームページ開設 |
平成10年8月 |
東部医師会ホームページをリニューアルし、 |
鳥取県東部医師会情報ネットワーク委員会では、平成7年度より東部医師会員のどれだけがパソコン通信やインターネットに参加してメールアドレスを持っているかどうかの把握を行い、それが把握できてからは、東部医師会の行事予定、一般病院宿日直表の情報を同報メールで配布するようにした。平成9年11月8日に
鳥取県医師会ホームページ
が開設されるが、これに伴い東部医師会も中部、西部と並んでホームページを併設した。ただしこの時点でのホームページは、東部医師会の住所や電話番号と簡単な紹介しか載っていないような最低限の基本的なコンテンツでしかなかった。
より市民サービスを重視したコンテンツとするため、平成10年8月より
東部医師会ホームページ
をリニューアルし、 メディカルマップ
を併設した。これは鳥取県東部を24のブロックに分け、それをクリックするとより詳しい地図が出て全医療機関の位置がわかり、さらにその地図上の医療機関をクリックすると、その医療機関の基本情報(住所、電話、標榜科、診療時間、予防接種や各検診の有無)などの情報がホームページ上から入手できるというものである。さらにホームページを持った医療機関についてはそこからリンクするものとした。
以上が簡単な鳥取県東部医師会情報ネットワーク委員会の歩みであるが、以前より考慮されながらも、実現できていない課題はあまりに多い。当医師会で考えたことを中心に、今後地域医師会の情報化はどういう方向で進むべきか、という問題を考察した。
まず「情報化」と一言で言うが「情報化」とは何か、ということから考えてみたい。「情報化」というとすぐインターネットだ、ホームページだ、メールだ、という話になってくるが、インターネットを使ってホームページで医師会の住所や電話番号を出すことがはたして情報化なのであろうか? サーバを購入して医師会員にメールアドレスを割り当てることが情報化なのであろうか?
ここで一つ忘れてはならないのは、コンピュータにしてもインターネットにしてもホームページにしてもメールにしても、それらはすべて「道具」であり「道具」にしか過ぎないということである。
そして「道具」は、「その道具を使って何が解決できるのか」という「ニーズ」と、「その道具を使ってどういうものを作りたいのか」という「ビジョン」と、「その道具はどのように使われるべきなのか」という「使い方」がわかっていて、初めて生きた成功に結びつく成果を出すことができる。これはあたりまえのことを言っているようで、コンピュータネットワークシステムにおいて忘れられがちな、そして失敗しがちな基本的要因である。
「情報」そのものは人間が言葉や文字を発明した時点から存在する。医師会の情報は、別にコンピュータやネットワークなど使わなくても、今まで会報やFAXで送られてきたし、これで十分と思っている医師会員も少なくない。その状況で何故敢えて「情報化」ということが叫ばれるのであろうか?
それはコンピュータとネットワークが、人間が扱える処理できる情報の質と量を飛躍的に拡大し、仕事や趣味において今まで考えられなかったほどの大きな効力を発揮できるようになったからである。それはちょうど自動車や鉄道や飛行機が、人間や物が移動できる距離を飛躍的に拡大し、仕事や趣味において今まで考えられなかったほどの大きな効力を発揮しているという状態とよく似ている。自動車や鉄道や飛行機に乗ったことがない人は、それらの道具がどれだけ便利かがよくわからない。自分が歩いていける距離しか「世界」というものを認識できないからである。仕事や趣味がどれだけ飛躍的に拡大するか、ということすら理解できないのである。たとえば物を運ぶ運送業など、大八車しかなくて自動車を持たない運送業者など今の世の中でまったく通用せず、自動車を使う運送業者と比べれば競争にすらならない。
「情報化」もこの状況とよく似ている。コンピュータやネットワークを十分使ったことがない人は、それらの道具がどれだけ便利かがよくわからない。自分で見聞きしたこと以外では、TV、ラジオといった程度の情報からしか「世界」というものを認識できないからである。コンピュータやネットワークを適切に使えば、情報の「質」と「量」と「速度」は増大し、これが仕事や趣味で大きな効力を発揮する。
情報化は主に営利をあげないといけないビジネスにおいて大きく叫ばれている。これは情報化していかなければ情報化していく他社に勝てず生き残っていけないからである。
それでは医師会のような非営利団体は情報化していく必要はないのであろうか? 筆者はそうとは考えない。医師会そのものは確かに非営利の団体であるが、医師会に対して、医師会とは利害の違いがある争ったり折衝したりする他の組織、団体はいくつも存在するからである。もし情報化に乗り遅れれば、そのような組織と比べ医師会は大変不利な状況に置かれる。現在、従来の組織から医師会に対しての直接の脅威こそ明確化していないものの、その一部の兆候はすでに見え始めている。例えばインターネットのホームページ上で一方的に医療ミスを主張する一部の患者団体や、医療機関不正を追及すると言いながら総会屋まがいの手口を使う団体等である。このような「情報戦」は今後こちらが有効な情報手段を執らない限り、ますます激化することはあっても減ることはない。どちらかと言えば今後予想できるものと比べれば、まだ序の口の方であろう。こういうことに対する対抗策として今の医師会に何がでできるであろうか? 危機管理体制は整っているであろうか? 日頃、マスコミの不正確な医療に関する情報を嘆いていながら、こういう時にマスコミに頼ろうとするのは情けない限りであり、またそれも不正確な情報しか伝わらない可能性も強い。そして反論するに足る情報をすぐに出せないようではどうしようもない。
昨年度、インターネット上で大いに世間の耳目を集めた事件として、大手家電メーカーのT社に対して、一市民が製品のクレームをつけた際にメーカー担当者から暴言を吐かれたとして、その暴言の録音をインターネット上で公開し、T社に対して謝罪を求めた、という事件があった。この際のT社の対応はあまりに杜撰であった。謝罪を求める市民が、何月何日何時に何があったと事細かく情報を素早く詳しくホームページ上に出しているのに対して、T社側は曖昧な反論をだいぶ遅れてから出す、という状態だったからである。結果として世論はクレームをつけた市民の側に回り、不買運動になりかけたところで、T社はトップがわざわざ出て来ての謝罪を余儀なくされた。どちらに是非があったのかは私はわからないが、少なくともT社の対応が非常にまずかったことは明らかである。どう対応すべきかわかっていなかったとしか言いようがない。しかも、このような事件は今後もさまざまな分野で予想され、医療分野においても対岸の火事ではなく、あらかじめ対応を考えておかなければならない。
また他で進められる情報化には地域の医師会の存在を根底から揺るがしかねないような動きもある。これについては最後に述べたい。
さて、コンピュータを買いインターネットに繋げれば一気に「情報化」が進むかというと、それはまったくの間違いである。いや、システムを使う側はそうでなければならない(というよりもそれ以下でなければならない)のだが、システムを作る側は全くそうではない。コンピュータとネットワークは単なる道具であるから、その「使い方」がわかっていなければ頓珍漢な役に立たないシステムしかできあがらない。なおここでいう「使い方」という言葉は、個々のソフトウェアやハードウェアの使い方ではなく、もっと大局に立ったシステムの使い方という意味で使っている。個々のソフトウェアの使い方を覚えることは、確かに実際にシステムを動かす際の必要条件になることが少なくないが、しかしだからといってそれを覚えさえすればシステム構築のための十分条件になるわけではない。例えばOutlookのようなメールソフトの使い方や、Excelのような表計算、データベースソフトなどの個々のソフトの使い方を覚えても、それはシステム構築のための十分条件にはならない。それはちょうど、金槌で釘を打つ方法を覚えることは家を建てる上で必要なことの一つになるかもしれないが、金槌で釘を打つ方法を覚えたからといって家そのものが設計できるわけではないのと同じことのようなものである。家の設計方法を知らずに、金槌で釘を打ちまくって家らしきものを一応建てることはできるかもしれないが、そのようにして建てられた家もどきは役に立たなかったりすぐに崩壊するであろう。また自動車の運転を知っているかといって、道路がなければ進みようがない。そして道路をどのように作ればいいか、どういう道路を作ればどういう経済効果が期待できるかなどは、車を運転する技術とはまったくの別問題である。車の運転がわかっているからといって、道路を作る青写真が適切に引けるわけではない。これらを混同するような馬鹿なことは建築、建設の世界ではまずあり得ないだろうが、コンピュータネットワークシステムの世界では、残念なことにこれらを混同したような無茶苦茶な例に事欠かない。結局、建築、建設と比べてコンピュータネットワークシステムの構築の世界はまだ歴史が浅く、十分なノウハウを我々が持っていないからであろう。どんどん作られた物が、どんどん淘汰されていく。今はそのような時代にコンピュータネットワークシステムの世界は入ってきているように思われる。
そういう意味で一番陥りやすい誤謬は、「情報化」とは「組織のあり方を根本的に再構築しなおす」ということと直結している、ということに気がつかない設計者が多いという点である。つまり従来の組織の情報の流れ方の一部をそのままコンピュータに置き換えるような方法ではまったく効率が上げられなかったり、逆に効率を落とすという、何のためにコンピュータネットワークシステムを導入するのかわからないような事態に陥ることが多々あるのである。例えるならば、「どういう町にしたいか」という都市計画のビジョンなしに線路や道路をひいても無意味なのと同じことである。
例えば鳥取県東部医師会では随分前からワープロ専用機は使っていて、発行する文書はこれを使って作られている。ワープロ専用機もコンピュータの一種なのであるが、ワープロ専用機で文書を作ることを「情報化」とは決して言わない。それは単に清書する機械としてコンピュータを使っているだけだからである。それは「情報の表現」には役立っていても、情報化の要である「情報の流通」にはまったく役立っていない。それが証拠に、この文書の内容を電子メールやホームページにして流そうとすると、同じ文書をまた手作業でコンピュータに入力し直すという二度手間を要してしまうし、実際に現状ではそういうことを行っているのである。「情報化とは面倒で不便なものだなぁ」と誤解されてしまっても仕方がない状況に陥る。もちろん「情報化とは面倒で不便なもの」などではなく、コンピュータやネットワークの使い方が根本的に間違っているからこうなるのである。
結局「情報化」をするためには、
情報発生源ですべからく速やかに情報を電子的に入力 → データベースに蓄積 → 情報の流通 |
という過程を通ってこそ生きてくるものである。特にこの最初の入力部分がボトルネックとなることがもっとも多い。この部分が難しいためにここをきちんと解決していないシステムは多いし、我々自身それをうまく成し遂げているとはとても言えない。しかし、この部分を解決せずに電子メールやホームページで閲覧するような電子的出力を望んでも、それを望めば望むほど、結果的に手間が増え効率が悪くなるだけである。
改めてここで強調したいのは「電子メールやホームページで情報を得る」という「結果」「出力」だけしか目にいかずにシステムを構築すると破綻する、ということである。余分な手間が増えるだけなのだ。また「私はFAXや会報で十分なのだ」という会員の理解も得られないであろう。
極論を言うと、「電子メールやホームページで情報を得る」という「結果」「出力」というのは些末な問題である。「結果」「出力」が会報やチラシのような紙であろうが、FAXであろうが、もちろん電子メールやホームページであろうが、それは最終的な末梢の問題に過ぎない。本当に大事なのは上記に書いたような、
情報の入力 → 情報の蓄積 → 情報の転用 |
の問題である。この部分がきちんとしていれば、情報の出力など実際になんとでもなる。出力が会報やチラシのような紙であろうが、FAXであろうが、もちろん電子メールやホームページであろうが、なんでも融通させて対応できるのである。
簡単に言うと「目につくところを電子化するよりも、目につかないところからまず電子化せよ」ということである。野球に例えれば、ランニングなどを十分にして基礎体力を鍛えておかないと、いくらバッティングや守備の練習をしても、実際の試合ではへばって負けてしまうようなものである。上辺だけの情報化ではやがて破綻したり誰も使わなくなるわけで、基礎部分からの情報化が必要となってくる。
ところがこの「基礎部分からの情報化」というものこそ、実はもっとも難しい部分である。例えば先ほどのオンライン委員会にしても、委員の先生方の一人が「いやー、私はインターネットなんてよくわからないから、実際に集まって委員会を開いた方がいい」と言われれば、それでおしまいである。欧米の企業であれば「電子メールが使えないような人は要らない」と言って、すぐ首を切っておしまいになるが、日本の医師会では「電子メールが使えない先生方は委員会に入っていただかなくても結構です」などとは間違っても言えない。我々情報化を進めるべき立場の人間としては、ただひたすら電子メール等使っていただけるようにお願いし、地道な講習会を続けるばかりである。
(ちなみに営利を追うべき日本の企業でもこれがうまくいっているとはいえない。日本の企業が単なる人員削減だけで汲々とし、情報化など本当の意味での再構築ができていないという体質が日本経済の低迷を招いている、と分析する人も少なくない)
オンライン委員会はまだまだ先の話だとしても、一番問題の医師会内部の事務処理の電子化にしても簡単ではない。まず、今あるワープロ専用機をすべて取り払い、LANで繋がったクライアントマシンと、ファイルサーバを置くまでは予算があればできるわけだが、それによる事務処理の根本的な流れの変化に事務職員をどう対応させるか、というのが至難の業である。
「発行したい文書は、まずパソコンのワープロソフトで作っていただき、それをテキストで保存した物をファイルサーバに入れておいてください」という変化だけでも大変である。人は使い慣れたものから変わろうとすることを嫌がる。「このワープロ専用機の使い方を覚えるだけでも大変だったのに、また別なソフトを一から覚え直すのですか?」という苦情が事務局員からどんどん出てくることは想像するにあまりある。
このように基本からの情報化に対しては問題が山積みされている。
さて、以上からまずシステムを構築する際には、私は大きく次のような条件をすべて満たす必要性があると考えている。
情報の受け手のニーズを(顕在的、潜在的を問わず)満たしている。
その情報を出す際に、情報の受け手と送り手の利害が一致している。
情報の入力部分からきちんと電子化されている効率の良いシステムになっていて、情報化による利益/作業量が、情報化される前よりも上回っている。
医療機関や医師会が情報戦をしかけられた時の備え、危機管理体制ができている。
この視点に立った上で、今後地域医師会がどういう方向で情報化を進めていくべきかを考察してみたい。なおここでニーズについて「顕在的、潜在的を問わず」と敢えて書いたのは、ニーズには表面化しているニーズとは別に、気づかれていないニーズもあり、それがコンピュータネットワークシステムにより堀り起こされることもあることに注意を促したかったからである。
医師会が情報化により情報を出すべきものとして、以下のものが具体的に列挙できる。
一般市民向けの情報サービス
医師会員向けの情報サービス
それぞれについて以下、考察していきたい。
まず一般市民向けの情報サービスとして、我々が最初に着手したのが所謂「メディカルマップ」であった。現在、このようなサービスをする地域医師会は珍しくなくなったが、当時としてはまだ数少ない部類に入っていたと思われる。
これは鳥取県東部の地図をホームページとして出し、クリッカブルマップとしてより詳しい地図や、全医療機関の基本情報(診療時間、電話番号等)、予防接種、検診の有無等の情報を提供しようというものである。
それなりものができたと自負はしているが、まだまだ課題は多い。
現在筆者はメディカルマップについて大きく2つの問題を感じている。それは
の2点である。
まず「民間業者のマップビジネスに組み込まれていく医療情報」についてだが、現在その会社の大小を問わず、インターネット上のマップビジネスに進出しようとしている業者は少なくない。例えばNTTのタウンページは、一部の地域ではそのホームページで地図をも表示する。(http://www.itp.ne.jp/) 自分の知りたい地域と医療機関ということで検索すれば、医療機関名、住所、電話番号、地図などの情報まで出してくれるのである。
またその一方で、マップ情報はどんどん小型化していくGPSと連携し、今やカーナビは珍しい機械ではなくなり、また昨年からカーナビの個人用携帯版とも言える携帯用のGPS端末が登場してきた。これらの機械は現在、施設情報のデータベースと連携しようとしている。
施設情報データベースとは、例えば医療機関であれば、ある人が「お腹が痛いのだが、今診てくれる病院はどこだろうか」という内容の質問をデータベースにすると、「あなたの現在位置からもっとも近い、消化器の診療所は○○医院で、そこまでの道筋はこうこうです」といったことを教えてくれるようなシステムである。このシステムのデータベースの情報次第で患者さんがその医療機関に来るか来ないかが決まるわけで、この問題点については後述したい。
もう一つの問題点は、地域医師会が提供できる各医療機関の情報に限界がある点である。現在の地域医師会が提供するメディカルマップの問題点としては、得られる情報の種類が少ないことが問題となっている。一般市民はもっともっと情報を知りたがっている。抽象的な結論を言えば、結局、自分が今悩んでいる病態を一番的確に診てくれる医療機関はどこか、ということが一般市民の知りたいことなのである。例えば「消化器」と標榜していても、内視鏡はまったくできないところから、大腸ファイバーができたり、外科手術までできるところなど様々である。また一般病院だと待たされる時間も気になる。在宅IVHや在宅酸素療法が必要な患者さんなど特殊な医療を要する患者さんやその家族もおられる。そのニーズの高さを考えると本来もっともっと情報を充実すべきであろう。しかし、医師会でこれらの情報を提供することには自ずと限界がある。
「情報の受け手と送り手の利害の一致」ということを先に述べたが、あまりに医師会として詳しい情報を提供すると受け手と送り手の利害が一致しない現象が生じるからである。例えば、例えば、同じ「消化器」と標榜していても、胃内視鏡検査ができる医療機関とできない医療機関があったりする。現在の医療広告規制ではそれが表面化しなかったわけだが、このような情報が地域医師会のホームページに載ると当然胃内視鏡検査ができる医療機関に人気が集中する可能性がある。そうなると、できない医療機関からは「地域医師会が当院の経営の邪魔をしている」という批判が出かねないのである。実際、某市医師会のメディカルマップではこの点が問題になり、電話帳で認められる程度の情報しか載せることができなかったという。逆に細かい情報まで踏み込んでいる地域医師会も存在し、このあたりの対応は各地域医師会によってばらばらである。ただ基本的には、会員すべてに平等に利益をもたらさなければならない医師会の基本原則上、詳しい各医療機関の情報提供には限界があるものと考えられる。この問題を一応解決する方法としては、地域医師会のホームページは基本情報とともに、各医療機関へのリンクを提供し、詳しい情報は各医療機関のホームページに任せる、という方法がある。ただし、各医療機関ごとにホームページのあるなしやその内容にばらつきが生じる点で新たな課題を残すものであり、各医療機関に自院の情報をホームページとして公開するよう働きかける以外、これについての根本的な解決策は見えていない。
以上をまとめると、メディカルマップでの各医療機関情報提供は、地域医師会による情報提供に問題がある一方で、民間業者による情報提供のコンテンツが充実しようとしている。そのことを考えると「医師会が、メディカルマップで各個別の医療機関の情報を提供するのはもうやめて、民間業者がマップビジネスのコンテンツを充実させるのに任せれば良いではないか」という考え方も成り立つ。我々、地域医師会が何もしなくても、マップビジネスとして各医療機関の情報データベースが出てくることは十分近未来的に予想できることだからである。
しかし、はたしてそれで良いのであろうか?
筆者はこの状況にも問題があると考えている。一つは、現在徐々に日本でも広がりつつある、民間業者による医療機関の評価、格付けに対する不信感が強いからだ。アメリカでは民間業者による医療機関の評価、格付けがよく行われ、一般市民はそれを参考にしながら医療機関にかかったりする。そこには一般市民から信頼されるだけの伝統と実績があり、医療機関の評価、格付けをする業者自体が競争の中で淘汰され、比較的偏りのない納得のできる評価を行っている状況がある。翻って日本の現状はというと、現在の日本の民間業者による医療機関の評価、格付けの情報を読むと、首をかしげたくなるような記述が少なくない。我々医師の間で評価の高いような医療機関が出ていなかったり、逆にろくに聞いたこともないような医療機関が高く評価されている。また医学医療に対する不勉強ぶりを露呈するような記述も少なくない。「これが参考にされて、患者さんが病院を選ぶなんて怖いことだ」という思いが抜けないのである。
また今後のこの業界に参入する業者が増えると、質の低い業者に至っては「高い評価を書いておきますから、うちにお金を出してください」といったような、総会屋まがいというか、質の低い観光ガイドブックのようなことまでやりだすことも予想される。このようなもので患者さんが行くべき病院を選ぶのは恐ろしいことである。
やはりある程度の適正な各医療機関の情報は医師会こそ出せるものではないかと筆者は考えている。
またその他、地域医師会が一般市民サービスとして提供した方が良い情報としては、インフルエンザ、食中毒など、疾患の発生状況の統計情報などがあげられる。岐阜市医師会は、インフルエンザについて各医療機関がホームページに直接発生件数を入力し、それを一日で自動的に集計して公表するシステムを作っており、 (http://www.city.gifu.med.or.jp/infl20.html) 一般市民にとても好評とのことであり、こういうシステムの設計も今後課題になってくるであろう。このようなシステムを構築する際には、各医療機関がインターネットに繋ぐことができる環境を持ち、かつ、このようなシステムに協力的である必要があり、「人」という面で一朝一夕にはなかなかできないシステムである。岐阜市医師会がこれに成功しているのは、日頃からインターネットに繋ぐための講習会を欠かさないなど、地道な努力が実っているためと考えられる。
以上が一般市民に向けての情報サービスについての考察であったが、次に医師会員向けの情報サービスについて考えたい。
これを考えるとき、当医師会も含めたいていの地域医師会では「医師会報」で情報を提供しているところが大半であろう。そしてここで考えなければならないのは、現在の医師会報供給体制のままで良いのか?という問題である。
顕在的には「現在の地域医師会からの情報は医師会報で十分」という意見が少なくないと思われるが、潜在的なニーズは存在しないのであろうか?
例えば、鳥取県医師会メーリングリストの開設は参加している医師会員にとって好評のようである。これができるまで県内の医師が自分の思っていることをお互いに本気で喋りあうような場所が実質上なかったからのようだ。例えば、医師会で開いた酒席でいくつかの人間で集まって自分の思ったことや不満などを言っても、それはその場の何人にしか伝わらない。また逆に皆の前で演説するとなると軽々しいことは言えない、ということになり結局自分の言いたいことを人に伝えるのは難しい。ところがメーリングリストでは多くの人を前にして言いたいことが言えるのである。これにより今までになかったような活発なコミュニケーションが鳥取県医師会内で生まれた。現在、鳥取県医師会メーリングリストの参加者は180人程度であり、一ヶ月の発言数は200〜300件と比較的活発な良好な議論がなされていると考えられる。
(ただし問題点がないわけではない。一番の問題点はメーリングリストの特徴である「不特定多数に対して軽い話題でも話せる」という文化そのものに馴染めない、という参加者もいるからである。自分の興味のない話題がどんどんメールとして入ってくるのは耐え難いという人もいるし、また不特定多数にはもっと皆に共通の話題をそれなりの覚悟を持って話すべき、と考える人もいる。これはもやは一種の文化的なギャップと言ってよいと思われる)
医師会報等の紙のメディアについては、一部の地域の先生方で「会報等すべての紙による伝達は廃止し、オンライン情報のみにすることにより、印刷費、郵送費などを浮かすべきだ」という意見を主張される先生方もおられるが、私は少なくとも現時点ではこれは極論だと思っている。インターネットに抵抗を示される、会報やチラシやFAX等の方が良い、という先生方の方がまだまだ大半であろう。医師会報などは今後もしばらくずっと発行し続ける必要があると思っている。
また鳥取県医師会や鳥取県東部医師会では現在、医師会報のWeb発行を検討中である。現時点では印刷業者のレベルで、内容のHTML化やPDF化を行い、そのファイルが情報ネットワーク委員会に送られるような形をとる方法で検討されている。
しかしこの方法には問題がある。それは新しい情報の提供が医師会報よりも遅くなることと、医師会報に載らないような細かな詳しい情報は、別に事務局がデータベースに入力していくしかない、という点である。
既に述べたように、書類を作ってから電子化するのでは、効率の良い本当の情報化には結びつかない。その量が増えれば、手間が増えるばかりになるからである。この問題を根本的に解決するためには、情報発生源入力による一元管理が必要である。現状では上記のような流れは仕方がないわけだが、将来的な課題として、根本的にこの流れを変える必要性がある。
まず医師会報等の原稿も、地域医師会に届いた時点で電子入力化し、データベース化を行う。これを起点に、会報に出したい物は編集委員会で検討され、それが電子情報として印刷業者に行く。その一方でデータベースから直接Web発行されるようなシステムにしておくのである。これにより効率的かつスピーディーな情報処理が可能となる。(当然であるが、医師会員だけに向けた情報は他の一般市民には見られないような仕組みを設ける)
ただしこの際の問題点は、今まで印刷業者の中で行われていた電子化業務を、地域医師会の事務局がしないといけなくなる、という点である。事務局員を増やすと人件費が増加するわけで、その分、印刷費を安くしなければかえって医師会の出費を増加させるだけである。せっかく電子化するのだから、印刷業者に頼むのはやめて、その地域医師会内だけで会報を印刷して製本するというところまでいかないと難しいかもしれない。この際に、今まで立派な印刷物であったものが、コンピュータのレーザープリンターの印刷の質で我慢できるか、という問題が残る。
先に述べたように事務処理も同様で、今まで紙の上に書き、紙として蓄積していた仕事のほとんどを、コンピュータ上で処理させ、データベース化させる必要がある。
これに伴う問題点は先に述べたとおりである。
また以上のようなことを進めようとすると、医師会員数人だけの力ではまず無理である。結局、情報化について理解し、情報化を進めていく事務員が一人以上いることが不可欠な条件となる。実際、現在情報化をうまく先進的に進めている岡山や岐阜のような地域医師会は、それができる事務員をきちんと雇っているところである。
また医師会内のシステムとして、各委員会のオンライン会議化も将来的な課題であろう。例えば鳥取県東部医師会情報ネットワーク委員会の話し合いは、そのほとんどが今ではオンライン上でされるようになった。このため何か問題が起きても、いちいちスケジュールを調整して会議を開く必要などなく、また忙しい仕事の合間に電話で悩まされることもなく、実際に出会って会議する以上の詳細な内容を、1,2日の間にやりとりして解決できるようになった。これがあたりまえになると、もう実際に出会って会議することなど馬鹿らしくなってくる。実際に集まったときには酒を飲んで懇親を深めることだけにすればいい、ということになってくるのである。またメールのやりとりをそのままデータベース化すれば議事録にもなる。いちいち集まっての会議で筆記する必要などなくなる。またオンライン上のやりとりをそのままデータベース化すれば、それイコール議事録となり、それ以後検索閲覧も可能になる。しかし、これを可能にするためには一人の委員も欠けずに電子メールを使えるようにならないといけないという、大きな問題点を抱えている。また「委員のメールのやりとりをそのままデータベース化すれば議事録になる」ということを言ったが、例えば、オンラインで委員会を開いても、そのメールのやりとりを記録してデータベース化するサーバ(データベース付きのメーリングリストサーバ)がないと、結局、そのメールのやりとりを紙に打ち出したものをファイリングするしかなくなる。すると「あの会議はいつ開いてどんなことを話したか」ということを探そうとすると、紙のファイルの山の中からごそごそと時間をかけて探さなければならない、というオンライン委員会のメリットを活かすことができない状況に陥るのである。各医師会員のメールに対する習熟が必要であり、またここでも情報発生源入力が問題になる。将来的な検討課題であろう
地域医師会によっては、その医師会運営の病院や検査センターを持つ場合がある。医師会運営の病院の場合、空床情報や病診連携をオンライン的にどうするのか、という問題があったり、また医師会運営の検査センターの場合、検査データのオンライン配信、地域でのデータ共有をどうするか、という問題が上げられるが、当医師会では医師会運営の病院や検査センターを持たないため、これ以上のこの問題についての考察は割愛させていただく。
以上、今後地域医師会が情報化を行って行く際の留意点をまとめてみた。
また最後に、「医療経済情勢の悪化に伴う大手医療法人の、情報化による患者、診療所囲い込みと、それが地域医師会に及ぼす影響」について考察してみたい。
日本の医療経済情勢が悪化していることは今更言うまでもないことであるが、これに伴い大手医療法人等は生き残りに必至である。その中でサテライト診療所といったものが出てきてきた。
大病院がいくら幅広く疾患を診ることができると言っても、軽症の感冒のような患者さんまで全部取り込めるわけではない。軽症の患者さんは小さな診療所に任せ、癌の手術のような重症の患者さんを診療所から紹介してもらう、という仕組みの方がもっとも効率が良く、また患者さんのためにもなり、一般病院は診療所から紹介してもらうことを願っている。
ところが全国展開するような大手医療法人になってくると、地元の診療所との結び付きが希薄なため、このように紹介してもらうことが困難になってくる。そういう理由などもあり、病院が自分のところとだけと結びつくサテライト診療所を作るような動きも出てきている。
そういう中で現在言われているのは、「情報化されたサテライト診療所」構想である。これは同じ系列の病院と診療所間で、電子カルテや検査情報などを共有しようというものである。病院に行こうが診療所に行こうが、同じ電子カルテ、同じ検査情報で診てもらえるし、また病院の医師も診療所の医師も、お互いにお互いのカルテや検査情報を見ることができる、というものだ。
同じ系列内の病院や診療所であれば、一人の患者さんについて一つのカルテしか存在しないわけで、すなわち、「一系列、一患者、一カルテ」である。
このようなシステムは患者さんにとって大きなメリットになり、またセールスポイントとなる。これが結果的に、患者さんを同じ系列の病院と診療所で「囲い込み」することになると予想される。さらにはもうすぐ介護保険が始まるが、同じ系列の介護施設と介護情報も共有することでさらに「囲い込み」を強化することも可能である。
将来的にこのような流れがある一方で、新宿区医師会のように「一地域、一患者、一カルテ」という医療情報共有の構想を進めている地域医師会もある。(http://www.tac.or.jp/98sennshinnmodel/shinnjyuku.html)
「一系列、一患者、一カルテ」であるべきなのか、それとも「一地域、一患者、一カルテ」であるべきなのか、つまり、系列で結束して情報を共有するのか、地域で結束して情報を共有するのか、患者さんに対してどちらが利益があるかということを考えながら、我々は考えた上で決断を迫られる時代が将来的に来るのではないか、と筆者は予想している。
情報化を進めるためには、まず情報の受け手の顕在的ニーズ、潜在的ニーズを捉えた上で、「どういう地域医師会に再構築したいか」というビジョンから定めることが必要である。会員間の情報の流れをどうするか、一般市民にどういう情報を流したいか、という根本的な部分から考える必要がある。
ただ単に電子メールやホームページで情報が取れれば良いという上辺だけの情報化ではなくて、地域医師会内の事務処理の根本を切り替えるような基本的な情報化が必要である。
具体的に情報化を進めていくためには数人の医師会員の力だけでは無理で、事務処理の情報化を進める事務員が一人以上必要である。
メディカルマップのような各医療機関情報の内容を充実させていくことは難しい上、民間業者のマップビジネスが進んで行くと考えられるが、やはり地域医師会として取り組むテーマと思われる。
将来的に地域として医療情報を共有すること等も検討しておく必要がある。
最後に、NTTタウンページについて御指摘いただいた鈴木尊善氏に心より感謝致します。