<第12回地域医療情報ネットワークシステム研究会(COMINES)報告>

 平成10年7月4日、7月5日、船橋にて第12回地域医療情報ネットワークシステム研究会(COMINES)が開催されました。その報告を致したいと思います。なお私の主観による独断と偏見により論評を加えさせていただいています。

 最初に松本義幸厚生省医療技術情報推進室長より「厚生省における保健医療の情報化施策の動向」という発表がありました。
 まず電子カルテの開発情況については、「用語、コード」の標準化については、
(1) 病名に関しては終了しMEDIS-DCからFDとして入手可能。また薬品については現在の13種類のコードをまとめて今年度中に作成予定、検査についても今年度中に作成予定、さらに処置、手術についてはICD-9/10を参考に来年度の終わり頃に提供できるのではないか、ということでした。
(2) セキュリティーについては概念設計が終了し、今年度中に実験予定。
(3) ケアマップエディターについては入院用は試験運用中、外来用は今年度開発予定。 (4) 画像処理については、非可逆圧縮、デジタイザーの利用について検討中であるが、これは国がまとめるよりも、学会の方で進めた方がいいのでは、というお話でした。
 電子カルテのセキュリティーの考えかたとしては、基本的に時間スタンプで時系列に並べれば良しとする考え方だそうです。
 また電子カルテが今後普及するための要因として、
(1) レセプトコンピューターの電算処理における病名、用語等のコード統一
(2) 診療録の電子媒体保存の認可が重要で、厚生省としては大臣官房政策課にて検討中だそうです。また
(3) 機器の操作性の改善も必要とのことでした。
 遠隔医療については、平成9年12月24日の厚生省健康政策局長通知にてテレビ電話を用いた遠隔診療が医師法第20条に抵触しないことを通知。これの保険面では今後、医療経済的に効果の確認が必要とのことでした。

 二番目の講演として日本医師会情報化検討委員会委員で名古屋工業大学工学部教授の山本勝氏より「日本医師会情報ネットワークシステム構築にむけて」との発表がありました。
 情報ネットワーク構築のためには、ハードウェアだけでなくソフトウェア、ヒューマンウェアがバランスよく構築されなければならず、その中心に「何のために、誰のために」というフィロソフィーが必要と説かれました。
また23項目に及ぶ「地域医療情報システム構築の問題点」および「情報化推進のための35の条件と課題」を示されました。
 主に抽象的な高邁な総論に終始され、具体的に何がしたいのか、という話が出てきませんでしたが、それはこれからの課題なのだろう、という印象を受けました。

 三番目に水口征之通産省機械情報産業局情報処理システム開発課開発2班班長より「通商産業省にみる情報化施策の動向」という発表がありました。
 この発表によると、GDPと民間情報化投資の年次変化のグラフを示して、我が国は情報化の遅れが景気後退の長期化と経済構造改革の遅れの元凶となっている。これに対して米国では情報化の推進が景気回復と経済構造改革につながっており、情報技術の活用により産業競争力を回復し、情報投資拡大と新規産業拡大の好循環を形成している、と述べられました。
 そして我が国は情報化による経済構造改革が必要であり、そのために
〇 CALSの開発
〇 電子取引の普及促進
〇 教育の情報化
〇 医療福祉の情報化
〇 行政の情報化
〇 図書館の情報化
〇 先進的アプリケーション整備事業
〇 地域における情報通信システムのかいつ整備
 を述べられ、こういう流れの中での「医療福祉の情報化」を説かれました。
 そして実際には通産省と厚生省が連携して、ICカードシステム、医用画像電子保存システム、オンラインシステム等を進めているとの内容でした。
 通産省が「情報化の遅れが景気後退の長期化と経済構造改革の遅れの元凶」と位置付けていることに大変興味深く感じました。ただ、この資料にもあったように、過去の日本には失敗したニューメディア構想や、現在RWCへとつながっている第5世代コンピュータ等の事業があったはずです。何故これらが失敗したのか、そういう認識、分析、反省なしに、やれ情報化だ、ICカードだなどやっていても、同じ過ちを繰り返すだけでしょう。
 そういう認識、分析、反省をされておられないのだろうか、と感じてしまいました。

 後半シンポジウムとして「インターネットと個人情報(プライバシー)」というテーマでの3題の発表がありました。

 城山忠人船橋市医師会顧問弁護士より、「インターネットと個人情報」という演題で、ニフティーサーブ事件でシスオペが人を中傷する書き込みの削除義務を問われた判例などが紹介され、また他の医療機関が行った検査データを利用して結果的に誤診を招いた場合、その責任は利用した医師側にあるのではないか、などの話をされました。

 石川澄広島大学医学部附属病院医療情報部教授より「患者情報は誰のものか?」という発表があり、医療情報のアクセシビリティについては、情報の階層化が必要であり、

レベルA 専門職共用 第1次利用  患者本人に直接利益還元
レベルB 利用者限定 第1次利用 〃

レベルC 閉鎖的利用 第2次利用  社会的安全、人類への還元

 といった階層構造が示されました。

 寺井悦治保健医療福祉情報システム工業会運営委員長補佐より「電子カルテシステムとセキュリティー」という発表がなされ、セキュリティの脅威に対抗するための「機能要件」と「運用要件」の2つの面からの説明がなされました。

 全体的に抽象的な話に終始していた感じがしました。特にセキュリティの問題はすでに現在「公開鍵暗号による暗号化と電子署名のための認証局を具体的にどこが携わるのか」というレベルに入ってきていると思うのですが、暗号のあの字も出なかったというところには疑問を感じました。

 COMINESの2日目の最初は、亀田省吾亀田クリニック院長より「当院の電子カルテの現状と地域医療連携の活用」という講演がありました。医療の質を評価するためのClinical Indicatorのためのデータ収集、データ評価に電子カルテを使っていこう、という考えかただそうです。医療情報の質の評価というところに重点を置かれていました。

二番目に里里村洋一千葉大学医療情報部教授より「医療情報の標準化がもたらすもの」との演題で、現在の世界及び日本の医療情報関係の標準化について述べられました。
 まずもっとも顕著な動きとして、1996年にクリントン大統領が署名し、2000年より施行される予定のHIPAA(Health Inusrance Portability and Accountability Act)を説明されました。これは国が扱う10種類の医療情報について標準規格を適用しようというもので、具体的には個人識別、コード、セキュリティ、電子署名などの問題が絡んできます。
この法律で特徴的なのは違反者に対して罰金を課するという強制力を持つことです。  標準化対象としては、
〇用語やICD-10などのコード
〇データ形式(画像、時系列情報)
〇メッセージ交換規約
〇データの安全性とプライバシー
〇電子カルテの要件
 などがあげられ、日本ではメッセージ交換規約については、JAHIS(保健医療情報福祉システム工業会)が、アメリカの臨床検査交換規約であるHL-7に準拠する形で検討中とのことでした。
 医学用語(日本語)の標準化が大変なようで、
〇文字の標準化 - 髄か髓か、膣か腟かといった異体字の問題
〇外国語のカタカナ表記 - バージャーかバーガーか。
〇基本単語の標準化 - 偏頭痛か片頭痛か、精巣か睾丸か
〇翻訳上の問題 - 損傷も英語ではleision, damage, injury, trauma, woundがあり、全部コードが違う
 といった問題があるそうです。
異体字、同義語データベースエンジンで処理すればいいような気もしますが、なかなかそうもいかないのかもしれません。
 病名についてはICD-10に準拠する形で今年4月からMEDISよりフロッピーディスクとして提供。医療行為(術式)や医薬品(名称、効能)については1999年3月に提供予定。また医療材料(名称、分類、バーコード)についても1999年度中に提供予定という、前日と同様のお話でした。
 現在、医療情報の標準化の動きは一斉にISOへと向かっており、
1996年6月にANSIが各国へ呼びかけ、
1998年1月にISO/TC215が設置され、ここが中心になるようです。
 また日本ではこれから医療情報標準化機構(CSHI)を準備中とのことでした。
 医療情報の標準化は、医療情報ネットワークの成立になくてはならない基盤となるだけにその動向が注目されます。

 次の講演では藤森春樹姫路市医師会名誉会長より「これからどうなる?レセ電算」という演題で、レセプト電算処理についての講演がありました。
 レセプト電算処理とは、現在、紙に打ち出ししているレセプトを紙を使わずに、電子データのままでフロッピーディスクとして保険支払機関に提出するものです。すでに平成9年にパイロットスタディーは終了し、現在、兵庫県全域と船橋市で認められています。姫路市では71の医療機関がこのレセプト電算処理を採用しており、その中からアンケート回答のあった42の医療機関についてアンケート統計をもとめておられました。
 レセプト電算処理に対する医療機関の満足度は大変高く38の医療機関が「参加前に戻ることは望まない」と回答。「参加前の方がよい」と答えたのは1件だけで、そこはすでにメーカーの技術者が赴き、問題点を解決しているとの話でした。この満足の内容としては「レセプト作成時間の短縮」「経費の削減」「支払い期間が10日早い」などがあげられていました。逆に今のシステムの問題点としては、病名コードの不備やコメントをワープロ入力する煩わしさがあげられていました。
 また機械的院内チェックについては、24の医療機関が行っており、7件が満足、12件がまあまあとのことでした。
 導入の際、最大の問題点と思われる「保険審査強化」「統制強化」の問題については、医師会内部より「保険支払機関が機械チェックしてもかまわない」という話が出ていました。ただしその際にはチェックプログラム公開することを条件としたいということでした。また統制強化については、日本医師会にも同一データを提出して、医師会側も反論できる情報を持つようにしようという提案がなされていました。
(現在は保険支払機関側は機械チェックをせず、プリントアウトしてから審査する形をとっています。またよくされる誤解ですが、レセコンのデータがすべてフロッピーディスクに行くのではなく、例えば20点以下の薬剤は出てこないなど、紙審査と同様の情報しか含まれていないそうです)
 また、医療機関側のことしか私は頭になかったのですが、保険審査支払機関の組合側の方には、レセプト電算処理の機械的チェックの導入により人員整理が行われる恐れがあるのではないか、という反対意見があるそうです。
 続いて、武藤修二保険医療福祉情報システム工業会医事コンピュータ部会企画副委員長よりもレセプト電算処理についてのアンケート調査の発表があり、21件のアンケート回答について説明されました。ここでも21件中20件が満足し、1件のみが無回答。ここでも同様の満足の声が聞かれました。
 またここでは自発的参加の医療機関が67%も占め、医師間の口コミ等でその良さが宣伝されて広がったそうです。
 満足度が極めて高いことに私は驚かされました。かつてのレインボーシステムの大失敗を十分踏まえた上での歩みでしょうが、かつてレインボーシステムが禁忌とされた時代からすっかり変わってしまったことを痛感させられました。日本中に広まる時期も意外に早いかもしれません。

 午後からの会員発表では、まず岡山市の飛岡先生から岡山県医師会サーバについての講演がありました。岡山県医師会では合計10台のサーバを持ち、それぞれが一台一機能的に役割分担して動いているそうです。またホームページの上から、理事会協議、報告等を入力可能で、水曜日に行われる岡山県医師会の理事会の内容については、職員が迅速に入力し、金曜日に最終チェックされた上でアップロードされるとのことでした。
 ホームページ上での投稿システムは鳥取県医師会も持っていますが、岡山県医師会のそれは洗練されている感じがしました。
 また毎週即座に理事会協議、報告等がどんどんアップロードされるという点も大変羨ましく感じられました。
 なお今回の飛岡先生の発表は http://eagle.bird.or.jp/comines/funahashi/ にて、その内容を閲覧可能ですので、是非ごらんください。

 次に小嶌診療所の小嶌興二先生が「実用的な電子カルテシステムとは」という演題で発表されました。
「既存のレセコンでも電子カルテシステムの中核として十分に機能しうる」
「レセコンはとにかく後でデータを出せることが重要」
「GUIは単なる見せかけでしかない」
 と示唆に富む発言が多々ありました。
 医療情報の標準化が一段落つくころには、またぞろレセコンメーカーから「〇〇標準化対応」という新型レセコンが出てくるでしょうが、もっとその本質を考えた方がいいという意味で貴重な発表であったと思います。

 原寿夫診療システム研究フォーラム理事より「光メディカードシステムと病診連携」という発表がありました。

 最後に奥津紀一足柄上医師会、医療連携推進事業委員長より「在宅医療担当者のグループ化の試み」という演題で、在宅患者さんの医療データをホームページ上に置き、それを在宅医療グループで閲覧できるようにしたシステムの発表がありました。
 これは大変魅力的な反面、本当にそのようなシステムが問題を起こさずにうまく稼働できるのか??疑問を感じざるをえない内容でした。セキュリティ面からいってもデータ入力面からいっても疑問が残ります。
 できれば今後このようなシステムが問題なしに実用稼働可能なのかどうか、また聞いてみたい気がしました。

今年のCOMINESの傾向として、全体的に抽象的な話が多く、具体的なインプリメントの話がなかなか出て来ませんでした。もちろん哲学も大事なのですが、もっと地に足のついた、泥臭い、具体的に動いている話が聞きたい、という感じが強かったCOMINESでした。

安陪隆明



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